黒毛和牛の畜産経営は、牧場用地、畜舎建築、飼料・牧草代、光熱水道費、人件費、繁殖牛の購入、人工授精の費用、牛の健康保全の薬品・獣医診察代、関連する農機具代、車両運搬具、什器備品という、一般的販売管理費、製造原価等のコストがかかり、上記諸物品の購入・運転資金調達の支払利息がかかる。
他方、畜産経営には、口蹄疫、BSE牛等による大量の殺処分、大災害、牛肉相場の急変低落等の変動要因のため、欠損を生じ、その煽りを受けて、他人資本、つまり、農協その他の金融機関からの借金、営農借財、補助金等の返済を受けて、かつて、日本国中の多数の中小牧場が倒産の憂き目にあってきた。
安愚楽牧場は、他人資本を得られず、自己資金の乏しい牧場用地、老朽化した畜舎を保有している畜産農家にとっては、朗報であり、多額の借財を返済し、安定した畜産業を支援しつつあった。
しかし、本体の安愚楽牧場は、他人資本として、出資者オーナーに対し繁殖牛を保有させ(共有も多い)、何千人単位の多数の、多額の現金を受け入れ、年間15%以上の高配当をするという約定の下、運営されてきたものである。
保守的な、財務・管理会計の分析の手法に照らせば、畜産業の変動要因の存在、変動要因の顕在化によって、数年前に遡っても破綻するのは、容易に予測できたのではないか。
しかし、多くの大型、中小の倒産案件を見るに、どれも過去の資金繰り、保守的に考えての将来の資金繰りの調整を怠っていたことに鑑みれば、ただ安愚楽牧場のみが、破綻を明確に認識してきたとも、強ち言い難い。
安愚楽牧場は、今年8月9日の段階では、事業再生を目的とした民事再生という手法が採られた。ただ、おためごかしの感が否めない。マスコミも生き物である和牛の肥育からすれば、清算型であると喧伝した。
今、振り返るに、自己破産手続が初めでも良かったと考える。
自己破産手続の中で、生き物和牛の換価処分を効率良く、公正適正に実現していくのは可能であったろうし、自己破産、管財人が日本の地域、ブロック別に行っていけば良く、3ヶ月も民事再生開始手続の流れに乗せる必要があったのだろうか。
預託農家は、国が利息補填をするという補助金制度を利用できない理由がある。牛を所有していないので、牛の処分による損益が帰属しないから補助金制度の枠組みの中で「農家」といえないとされている。 そして、農協に加入していないことも補助金調達の資格もない。
預託農家の7万頭以上の牛は、地域ごとに一つの業者に換価処分され、更に、ブロック毎に複数の精肉業者、畜産業者が第2番目の所有者として転売されていく。
決して、預託農家が未収の預託料債権を基礎に、購入資金を用意しても、精肉業者や既存の畜産業者が優先的取扱を受けて、預託農家は、和牛の所有者となれず、やはりこの国では預託農家は所詮「農家」になり得ない、というのか。
実に、理不尽なことである。日本の畜産のあり方を考えさせる。国は、農業政策につきどういう定見を持っているのだろうか、やはり、自己保身の強い、農水官僚、農業族議員、JA組織の凝り固まった考えを追従しないといけないのだろうか。
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