安愚楽牧場は、多数・多額の債権者を巻き込んで倒産した。
預託農家は、過去一時は預託料も良かったが、その後、減額され、そして、今年の6月分から8月8日迄は、基本的に未払のまま倒産し、預託牛が処分された一部を除き、未納のままである。
預託農家は、金融機関やJA中央農協見放されて、なんとか畜産業を今日まで営業できたのは、安愚楽牧場からの預託を受け入れたことであり、その点で恩義も感じ、債務整理が始まっても、預託牛の育成に精力をつぎ込んできた。
ところで、安愚楽牧場の本体は、預託牛処分について預託農家の買取要請に対し、預託農家を優先的に対処したいと述べ、売買予約や斡旋する態度であった。
また、農水省の担当官からの説明にて(先に行われた自民党本部消費者委員会の聴聞の回答)、安愚楽牧場及び管財人側も、預託牛の処分に対しては、預託農家を優先しているとのマスコミへのレクチャーもあった(農業系新聞)。
ところで、現実は、安愚楽牧場の預託牛ために補助金を借り入れて畜舎を増設し、安愚楽牧場も当時事情を知りつつ、増頭の預託契約の合意をしているK牧場もある。
K牧場は、破産決定がなされる時点以前より、預託牛の買取要請をしてきた。しかし、管財人の報告は、既にK牧場の牛は裁判所の許可を得て売却決定済み」として、K牧場の要請を完膚無きまでに一蹴した。
管財人は、安愚楽牧場の倒産により、更に、K牧場はもちろんのこと、他の預託農家が一切の収入の途を断たれて連鎖倒産することに、痛痒を感じないのだろうか。
ましてや、管財人の預託牛の換価した代価が競争入札なき廉価であり、第一次の売却先の選定、第二次売却先の選定について、公平を失し、不公正であれば、5000名を超える出資者債権者は、黙っていないだろう。
裁判所は、管財人側のかかる態度につき疑念は抱かれないのだろうか。
預託農家の闘いは、更に、続いていく。
黒毛和牛の畜産経営は、牧場用地、畜舎建築、飼料・牧草代、光熱水道費、人件費、繁殖牛の購入、人工授精の費用、牛の健康保全の薬品・獣医診察代、関連する農機具代、車両運搬具、什器備品という、一般的販売管理費、製造原価等のコストがかかり、上記諸物品の購入・運転資金調達の支払利息がかかる。
他方、畜産経営には、口蹄疫、BSE牛等による大量の殺処分、大災害、牛肉相場の急変低落等の変動要因のため、欠損を生じ、その煽りを受けて、他人資本、つまり、農協その他の金融機関からの借金、営農借財、補助金等の返済を受けて、かつて、日本国中の多数の中小牧場が倒産の憂き目にあってきた。
安愚楽牧場は、他人資本を得られず、自己資金の乏しい牧場用地、老朽化した畜舎を保有している畜産農家にとっては、朗報であり、多額の借財を返済し、安定した畜産業を支援しつつあった。
しかし、本体の安愚楽牧場は、他人資本として、出資者オーナーに対し繁殖牛を保有させ(共有も多い)、何千人単位の多数の、多額の現金を受け入れ、年間15%以上の高配当をするという約定の下、運営されてきたものである。
保守的な、財務・管理会計の分析の手法に照らせば、畜産業の変動要因の存在、変動要因の顕在化によって、数年前に遡っても破綻するのは、容易に予測できたのではないか。
しかし、多くの大型、中小の倒産案件を見るに、どれも過去の資金繰り、保守的に考えての将来の資金繰りの調整を怠っていたことに鑑みれば、ただ安愚楽牧場のみが、破綻を明確に認識してきたとも、強ち言い難い。
安愚楽牧場は、今年8月9日の段階では、事業再生を目的とした民事再生という手法が採られた。ただ、おためごかしの感が否めない。マスコミも生き物である和牛の肥育からすれば、清算型であると喧伝した。
今、振り返るに、自己破産手続が初めでも良かったと考える。
自己破産手続の中で、生き物和牛の換価処分を効率良く、公正適正に実現していくのは可能であったろうし、自己破産、管財人が日本の地域、ブロック別に行っていけば良く、3ヶ月も民事再生開始手続の流れに乗せる必要があったのだろうか。
預託農家は、国が利息補填をするという補助金制度を利用できない理由がある。牛を所有していないので、牛の処分による損益が帰属しないから補助金制度の枠組みの中で「農家」といえないとされている。 そして、農協に加入していないことも補助金調達の資格もない。
預託農家の7万頭以上の牛は、地域ごとに一つの業者に換価処分され、更に、ブロック毎に複数の精肉業者、畜産業者が第2番目の所有者として転売されていく。
決して、預託農家が未収の預託料債権を基礎に、購入資金を用意しても、精肉業者や既存の畜産業者が優先的取扱を受けて、預託農家は、和牛の所有者となれず、やはりこの国では預託農家は所詮「農家」になり得ない、というのか。
実に、理不尽なことである。日本の畜産のあり方を考えさせる。国は、農業政策につきどういう定見を持っているのだろうか、やはり、自己保身の強い、農水官僚、農業族議員、JA組織の凝り固まった考えを追従しないといけないのだろうか。
母は、強し。畜産においては、8回のお産までするのが普通らしい。雌牛は、子牛という天然果実を産出するのであるから、去勢牛に比較すると価値があることになりましょう。しかし、母牛といえども、商品価値は低落していくのですから、8年も経てば、財務上は、減価償却が進み残存価値はなくなりますね。
母牛は、8年後も、更に、出産を続け、13回以上の経産牛も出てくることもあるらしい。しかし、このように過度のお産によって出生した子牛は、その体格、健康状態、ひいては、商品としての肉質にも影響を与えるのは容易に推測できる。
畜産牧場においては、一定数の牛が死亡することはありうることで、死亡牛の廃棄処分も法規に委ねられており、県の保健衛生行政の管轄下にあります。
老廃に近づいた母牛の運命は、どうなるのでしょう。生命を存続させるための飼料代、肥育の手間、ひいては、遠くない廃棄処分費用と、耐用年数を経て、減価償却を終わった母牛は、およそマイナスの価値しかないのではないか、と簿記の基礎的勉強をした者なら、実際的価値は、推算できるところです。
母牛は、それでもなお最後の体力を振り絞って良好な飼料と牧草を食み、肥り食肉として大きく体重を増やすことになる、これは、家畜として生き延びて来た牛の宿命であろうか。
黒毛和牛は、食肉としてテーブルを賑わしております。ステーキ、焼肉、すき焼きと、ご馳走が目に浮かびます。
仔牛は、繁殖農家で生後2年あまり育った若き雌牛が人工授精を受けて、およそ十月十日で生まれる。母牛は、次の受胎に向けて準備をしていくのだが、仔牛は母牛から初乳を得て免疫と濃厚な栄養補給をうけることになります。
ただ、あぐら牧場の仔牛は、その育成や健康上の事故を回避するため、直営牧場にて、初乳を基礎的成分にした人工哺乳で育てられることも多いです。
仔牛は、生後27か月ないし30か月も経てば、商品として食肉センターに出荷されます。
雌牛は、あぐら牧場に対する出資者の所有と喧伝されているが、実質は、雌牛は出資者の出資債権の担保と位置づけられるだろう。いわゆる譲渡担保権として法的には、認識されるのが普通であります。
仔牛は、雌牛の天然果実であります。したがって、仔牛は、雌牛の所有者の所有となるのが民法理論(従物は主物の処分に従う)です。あぐら牧場では、仔牛は牧場の所有物であって、これらの仔牛を売却することによる利益金でもって、出資者に高金利約16パーセントの配当をするシステムでありました。
以上のような投資システムは、行き詰まり、限界に差し掛かり、資金ショートが生じ、今回の民事再生申立手続きが始まったのです。
もう、20年くらい前であろうか。ホノルルで、ハワイ州弁護士会所属の弁護士達が掲載してる電話帳広告欄を見て、驚いたことがあった。
「24時間問わず、出張して法律相談に伺います。初回相談無料」との広告で、父・娘の弁護士が小さな写真付きで法律相談を勧誘、営業していた。また、1ページ全部を費やして「ハーバートロースクール卒業」と銘打った、アルマーニを着こなした男性モデル然とした、写真広告もあった。
当時、日本には、弁護士業務には、営業広告禁止規定があって、大手の渉外法律事務所が500円のテレカによる名刺配布自体が、広告規定ないし倫理規定で、問題とされたことがあると聞いたこともあり、日本の弁護士には、無縁のことと感じた。
世も代わり、日本において、電話帳広告はもちろんのこと、テレビ・ラジオ広告、電車バスの吊り広告、そして、郵便物や商工団体の冊子や、タウン誌に事務所広告をすることも、これが良いかどうかは別として、普通のこととなってきた。
年賀状、暑中見舞い等の挨拶状程度は、従来から認められていた古き良き時代とは、隔世の感がある。
突発的、あるいは日常の法律問題があって、地方の市民や中小企業主が相談しようにも、弁護士は遠いし、敷居も高く、相談料さえ覚束なく、不安であるばかりか、とにかく、アクセスがしにくい。
地元財界・企業や自治体の顧問をすることが○金弁護士のステイタスとされていたのは、今は昔。
法律上の悩みを抱えながら、病や足腰が弱くて動けない人々がいるのであれば、弁護士自ら出向いて行って、ローカウンセラーとして法律相談を受け、適切な処方箋を提供する。いわば、「出前相談」が町弁の理想的な姿かもしれない。
地方裁判所の支部や支部近くの市町村に弁護士法人の支所を設立するのも、一案であるが、やはり、弁護士自ら出向くというフットワークが待ち望まれていると感じている。
私は、明朝、もめない遺産相続を望んでいる老人の遺言書作成の相談を聞くため、田舎の田園地帯に車を向けることとなっている。






